チベットマンダラ

チベットに行ったときにラサでお世話になったタシくんに、折り入ってお願いしていたことがあった。
『せっかくチベットまで来たんだし、価値のあるマンダラが手に入らないだろうか?』
っていう、ちょっと抽象的なお願いだったんだけれど快く引き受けてくれた。

マンダラ(タンカとも言う、というよりタンカの種類の一つ)というのは、

チベットの高僧の宇宙感を一枚の布や紙に書いたものなんだけれど、

砂で書いた『砂絵』で見たことがある人がいるかもしれない。

お祭りのときはポタラ宮やタシルンポ寺の壁面に、それは見事で大きなタンカが掛けられる。

絵柄も様々でお釈迦様の一生を一枚の絵に書き記したものや、

人生の歩みを書き記したものなど色々な種類がある。

僕がイメージしていたのは

通称『ダライのマンダラ』

と呼ばれているもので、現在はインドに亡命して生活をしている

ダライ・ラマ14世の持つ宇宙感を書き記したものだった。
さすがチベット人のタシ君、

すぐにあちこちの人脈を当たってくれていたようで

ラサの次に立ち寄った街シガツェにあるタシルンポ寺の高僧(ラマ)が書いた

マンダラを譲ってもらえることになった。

以前にもブログで紹介したことのあるタシルンポ寺は

チベットではダライラマに次ぐ地位にある高僧

パンチェン・ラマが現在も暮らしている寺でもあると同時に

歴代のパンチェン・ラマの遺体が埋葬されている寺でもある。

あっ、この人から譲ってもらったわけではありません・・・
ただの記念撮影です(笑)




美術的な価値だけだったとしてもぜひとも欲しかったマンダラを

チベットのラマから直接譲ってもらえるとはまさにラッキーな話だ。

今はどんな額に入れて飾ろうか考案中♪

また出来上がったら写真アップします。

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お召し上げ

ってな訳で、今はインドのデリーにいる。
エベレストからネパールとの国境の町まで最後の高原ドライブを楽しんだ後は、チベット最後の日と初めての歩いての国境越えが待っていた。
実はその日の夜もいつもの調子でインターネットスペースに立ち寄って、ブログをアップしようと思っていたんだけど、中に入ると迷彩服の人民解放軍の兵士たちが自分たちを解放しまくって、「アイヤー!」とか叫びながら戦争ゲームに夢中だったため、ちょっと怖くなって何もせずに退散してきた(笑)
そういえばチベット人は不思議な人たちだった。
どうやら都合の悪い質問をされると舌打ちをするようだ、しかも強烈に聞こえる音量で・・・
例えばシガツェのホテルで、これまたインターネットスペースでの出来事だけど、
僕「ここで自分のラップトップをインターネットに接続したいんだけど」
女「ちっ!!」
僕「?」
女「ちっ! あーっ・・ ちっ!!」
受付の女の子がそれから舌打ちを連発しまくりながら、パソコンをごそごそ触っている。
どうやらどうしていいかわからないみたいだ・・・
そして何も言わずに部屋から出て行ったので、てっきり誰かを呼びに行ったと思ってそこで5分ほど待っていた。
寒いし頭は痛いしいい加減どうなってるんだろうと思って、フロントを覗いてみるとその女の子が受付のパソコンでソリティアをしてやがった・・・
僕「あのー・・・ これ繋がらないの?」
女「ちっ!!  ちっ!!  ちっ!!!!」
僕「もういいです・・・」
女「おやすみなさい♪」
他にもレストランでミネラルウォーターを注文したときもすごかった(笑)
水を注文したのに舌打ちされまくって、結局出てこなかった。
でも何度聞いても「ない」とは言わない・・・あくまでも舌打ちするだけだった・・・
そしてチベットからネパールに向けて出国する際には、予想外のことが待っていた。

入国する際とは比べ物にならない、徹底的な検閲作業だ。
普通はどの国でも入国審査の方が厳しい、麻薬とか余計なものを持ち込ませないために。
ところがチベットは全くの逆・・・並んでいる一人一人の荷物全てを開けて調べつくす。
僕の番になったときも手帳の中から財布の中、洗濯物の袋まで全て調べられた。
そして長江さんがシンガポールの日本人図書館から借りてきていた、地球の歩き方チベット95年版を召し上げられた(笑)
そんなどこでも売っているような、しかも15年も前の本取り上げてどうすんねん!と思わず突っ込みそうになった。
しかもその僕たちの後ろをネパール人の行商人たちは大きな荷物を抱えて素通り状態・・・
あなたたち僕の理解できる範疇を完全に逸脱しています
そしてこの橋を歩いてわたってネパールに入る。
真ん中に両国の兵隊さんが立っていて、写真を撮ろうとしたら怒られた。

この橋一本、右と左で時差2時間と15分(笑)

しかし中国という国は一体チベットの何をそんなに恐れているんだろう?
きっと僕にはわからない何かがいっぱいあるんだろうけど、一つ言えるのはチベットが色々な意味で普通の場所でないことだけは確かだ。
山も景色も本当に素晴らしかったけど、なぜかずっと僕は足を踏み入れてはいけない場所に来てしまったという気分になっていた。
ニューカレドニアが天国に一番近い島なら、チベットは天国(死後の世界)に一番近い場所かもしれない。
強烈な香の香りと呪文のような読経の声、嘘みたいな景色と薄い空気、青すぎる空と強すぎる太陽光線・・・白昼夢でも見ていたような気持ちにすらなる。
なんだかドタバタしすぎて嵐のような10日間だったけど、ネパールも最終日なのでお世話になったみどり先生と教え子のモハンと食事に出かけた。

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エベレストへの道

そういえば昔テレビの番組でアンコールワットへの道とかいう企画を、ドロンコかなんかいう奴がやっていて、ぬかるんだ凸凹道をきれいにしていたっけ。

でもカンボジアの土って粘土質だからあんなことしても無駄だし、それより何よりアンコールワットの近所にさすがにあんな道は無かったような・・・(笑)

やっぱテレビだね♪

いやぁしかし、今回のエベレストへの道は本当に大変だった。

なにより一番問題だったのは、僕と長江さんが山をなめていたってことだと思う。

わりに体力には自信があるほうだし、高山病なんていうのは体調が悪いとか体の弱い人がなるもんだ、位に思っていたから、今回の強行日程については反省しなければならない・・・

ガイドも無茶だって言ってたし(笑)

シガツェにはタシルンポという名前の大きな寺(というより寺町)があり、ここにパンチェン・ラマというダライの次に偉い人が住んでいる。



主のいないポタラ宮と違いここにはしっかりと主が存在しているからなのか、今も生き続けている信仰の場という雰囲気がありありだった。



この大仏も奈良のものよりさらにでかく、世界で一番大きな仏像だそうだけど、チベットっていうのは西遊記に良く出てくる土地のせいか、この異国情緒ありすぎなタシルンポ寺の街角から、突然猪八戒が飛び出してきてもさして驚かないような気がした(笑)

そしてシガツェにてエベレスト入山許可証を発行してもらい、約350キロ離れたエベレストベースキャンプのある町ルンボクを目指すことになる。



シガツェが標高3950Mなのに対し、ルンボクは5200M、

今日が一番きつい一日になる、とガイドに脅されながら出発した。

途中までは本当にしっかりと舗装されたきれいな道なんだけど、最後の150キロは全く未舗装のガタガタ道。



高山病の頭痛を抱えている僕たちにとっては、拷問にも等しい道を延々3時間以上走り続ける・・・



ちなみに標高5000Mっていうと、立小便をしているだけでめまいがしてくるくらい空気が薄い。

本来はそれに体を徐々に慣らさなければならないので、どうしても日程のかかる旅行になるらしい。

そしてようやくたどり着いたルンボクは、町なんぞでは無かった・・・

宿泊施設はテント、もしくはボロボロのゲストハウスしか存在していない(笑)

他には何も存在しない。



テントのほうをお勧めする、というガイドの意見を聞くことにした時にはすでに長江さんは完全にグロッキー状態。

僕も少し体を動かすたびに酸素ボンベを吸わないと息がつらく感じるし頭も痛い。

頭痛もさることながら、けっこう胃が気持ち悪いなぁとか思っていたけれど、昨日までは何か食べると症状がましになっていたので、チャーハンを作ってもらって半分ほど食べた。

あらゆる本に高山病の症状がある時は飲酒やタバコは絶対に駄目だと書いているんだけれど、このテントホテルの主とガイドがビール飲んでいるのがあまりにも絵になっていたので、僕もちょっとだけご相伴にあずかることにした。



やはり本が言っていることが正しいと判明したのはその少し後、みんなが横になってからだった・・・

どうやってもこうやっても胃が気持ち悪くて寝られない、胃薬を飲んでも全然改善される様子も無い。

外の空気を吸おうとテントの外に出た瞬間にやっぱり吐いた・・・

でもこれで楽になるだろうと思って床についたが、やっぱり横になると気持ち悪い。

結局1時間ほど我慢しては表に出て吐くということを明け方までに10回くらい、吐くものが無いのに繰り返す羽目になってしまった。

でもそんな状況にもかかわらず、真っ暗闇のこの標高から見た星空は冗談かと思うくらいきれいで、馬鹿でっかいオリオン座(僕はこれしか知らない)を見たときには、日本で見るより5倍はでかいんじゃないかとか、半泣きになりながらも思ったりした・・・

こうなったら頼れる薬には全て頼ろうと、胃薬に高山病の薬、鎮痛剤に正露丸と色々なものを飲みまくったおかげで、どれが効いたのかはさっぱりわからないけれど朝起きたときには症状が大幅に改善されていた♪

テントホテルからベースキャンプ行きの特別バスに揺られてさらに15分、やっとこさベースキャンプに到着した。



今はアタック待ちの人々が居らず、テント村が設営されていなかったけれど、ここからさらに富士山1つ分くらい登るっていうことは僕には全く想像がつかない世界だ。



あの山の頂上に僕の手で日本の国旗を立てる日は、絶対に来ないなぁと思いながらエベレストを後にした(笑)

僕は元々秘境の旅のパンフレットを見て、タフな旅行がしてみたいとか思っていた口だから、今回その夢がかなったわけだけれど、どちらかというと満腹でおなかいっぱいになりすぎて当分いらない。

だから、もっと他にもタフな旅があるとか秘境がどうこうとかいう情報は、僕には一切必要ありませんのであしからず♪

最後にガイドからのメッセージ
「次に誰か日本からチベットに来たいという人がいれば、最低でも1週間は時間を取ってください。命にかかわります」

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