カンボジア人はグルメだ

東南アジアの人々というと、東アジアに住む我々よりも肌の色が浅黒いというイメージが強い。ところが彼らはどうにもそれが嫌らしく、ここカンボジアの女性も肌が白いほうが断然モテる

僕は全く肌の色とか人種が気にならないタイプだから「あの子カワイイよね」とか言ったりするんだけれど、こっちのやつに「いや、肌が黒いからダメだ」と却下される(笑) 「日本ではワザワザ金を払って肌を焼いている女の子がいるんだよ」って言ってやると、全く理解不能だという顔をしていた。

ちなみにこちらでモテるタイプ(特に遊ぶ程度のお金のある年配層に)ってのは、色白でちょっと肉付きが良いタイプの女の子らしく、カラオケクラブなどに遊びにいくとそんな女の子たちが、元々日本人がまつげのエクステを付けたくらい長くて濃いまつげにびっちりとマスカラをつけて、濃い顔にアイメークもバッチリって感じで勢揃いしていてる。

僕には理解出来ないタイプばかりだと言っておこう(笑)

さて、文化を紹介するといえばやはり忘れてはならないのが食事についてだろう。シェムリアップは観光地だけあって外国人であっても食事をする場所には事欠かない。日中韓国料理にイタリアン、フレンチ、メキシカンなどひと通り揃っている。珍しいところではスイス人がやってるチーズフォンデュなんてのもある。

日本にいた時から食べ物に関してはかなり保守的で、まず知らないレストランに飛び込みで入るなんてことは無かったような僕だから、カンボジアに来ていきなりクメール料理をガツガツ食べるなんてことはもちろん無く、これまではだいだいいつも西洋料理系のレストランで食事を済ませていた。

ところがやっぱり毎日『大して美味くない西洋料理』ばかり食べていても飽きてくるし、どうしてもローカルレストランに出かける機会が多くなってくると、やはり地元では地元の料理を食べるのが一番美味いということに気がついた。タイなどの料理は辛いというイメージが強いけれど、カンボジアの料理は全体的に甘めの味付けになっているものが多い。辛い料理が苦手な僕にはモッテコイだ♪ しかも中国人ほどでは無いにせよ、カンボジア人も食えるものなら何でも食う。だから食材がとっても豊富だ。

バッタ、コオロギ、でかいクモに蛇にワニにと、まぁおもしろ食材を取り上げればキリが無いんだけれど、こんなのを除外したとしても、割に野菜も多くなんの葉っぱか知らないけれど結構美味しいものがたくさんだ。しかもみんな結構グルメで、タイ産のブロイラーの鶏なんかはまずくて絶対に食べないっていう人もかなりいる。そもそも冷蔵庫なんて無い家庭が多いから食材の買い置きもないし、ある意味いつも新鮮食材のみを使って料理をしている。

以前アッキーがこっちに来て鶏をさばいて焼き鳥にした時も、今まで食べた中で一番美味しい砂ずりを食べることになったし、やはり食材自体のポテンシャルが料理に占める割合は高いんだろうな。
(参照記事)
『超』新鮮 地鶏の焼き鳥
ttp://hugs-int.com/kengo/archives/1200
ちなみに「プロホック」っていうとんでもない匂いを撒き散らす調味料がクメール料理には欠かせない、らしい。 日本料理で言うところの味噌ってところだろうか? 高級なものになるとかなりいい値段がするらしいのだか、今のところ僕にはいったい何のためにそれを料理に付けて食うのか全くわからない(笑)
何人かの証言を合わせると「これは日本のくさや汁と同じ匂いがする」ってことらしい。 僕、日本でくさやって食べたこと無いんだけれど、きっとそれも中々ハードな香りがするんだろうな~

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第3外国語

カンボジア文化第2弾として、今回はクメール語(カンボジア語)について書こうと思う。

実はクメール語を学ぶつもりは全然無かった(笑) カンボジアに住んでいるにも関わらずなんでそんなことを、と思うかも知れないが、僕が付き合いしている連中の殆んどが上手く英語を話すし、いつもダラやフィフォン達が通訳してくれるから特に不便も感じていなかった。

ところがやっぱりお互いに英語で会話をしている分には問題ないが、通訳をしてもらうということになってくると、英語は互いの第2外国語であるってことから、英語を理解しないカンボジアの人々にどれだけ正確に僕の言いたいニュアンスが伝わっているのかが、かなり微妙だということが分かってきた。

さらに言うと、会議などをした場合みんながクメール語で喧々諤々とやり出してしまうと、僕だけ完全に蚊帳の外。 いったい何が起こっているのかサッパリわからないままに、ある程度まとまったらしき話をいきなりふられて、それに対して僕の意見を言うと、またしても僕以外の連中で喧々諤々とやり出してしまう。

常にブラックボックスから飛び出してくる情報のみを手探りしながら、意見をまとめていくという作業を強いられている。これがある程度でもクメールが理解できたなら、もっと途中で自分の見解などを差し込むこともできるし、意見がまとまっていく行程をもっと理解することも出来るようになるはず。

カンボジアで生活してりゃそのうち勝手に話せるようになるかな、とも若干思ってもいたんだけれど、やっぱりどうやら勉強して使わなければ身につかないということに遅ればせながら気がついた(笑)

英語を聞き流せば話せるようになるとかいう勉強法があるけど、あんなもん絶対に嘘だね。 クメール語は毎日いやというほど聞き流してきたけれど、聞き流しているうちは雑音でしか無いんだから(笑)

そんなわけで色々なカンボジアの諸先輩方々にクメール語の勉強方法を聞いてみたところ、やっぱりあの象形文字のような文字の勉強は避けて通れない道らしい・・・ クメール文字ってのはこんなこんな感じの文字だ。
IMG_0478

えーと、上から「シェムリアップ」ってのを2回と、「キタウラ ケンゴ」と書いてある。

ってな訳で最近クメール文字と言葉を勉強し始めたわけなのだが、ここにもかなり日本語との共通点を見出すことが出来るので、そんな事を少し書いてみよう。

まずクメール語のルーツはサンスクリット語だそうだ。 日本では仏教と密接に関わりが深い言語なので、例えば”僧”、”盂蘭盆”、”卒塔婆”、”南無阿弥陀仏”などはサンスクリット語をそのまま漢字に当てはめただけだ。

そう言えば以前、スリランカ人(というか仏教徒なのでシンハラ人)の友人と一緒に京都の三十三間堂に行ったことがあったけれど、その時も阿修羅などの神様の名前は全く一緒だったのを覚えている。 最近流行りらしい般若心経なんてのも、サンスクリット語を漢字に当てはめたものだから、そのシンハラ人の友人も普通に般若心経を唱えることが出来て驚いた。

日本語は「あいうえお」という5つの母音と、「さたなはまやらわ」行の子音をそれぞれ組み合わせることによって発音する。 で、これもサンスクリット語の母音と子音の組み合わせをかなり簡略化することによって出来ているようだ。

もっとこのサンスクリット語の源流に近いクメール語は、発音が更に複雑で母音が20個以上ある・・・ ア、アィ、アー、ウ、ウー、エ・・・ってな感じで、とてもカタカナでは表記出来ない、アとウの中間音とか色々ややこしいことになっている(笑)

ただ子音の種類というか順番はほぼ日本語と同じなので、ひと通りぐにゃぐにゃした文字の並びを頭に叩き込めば、文字の構成を理解すること自体はそんなに難しくはない。 理解すること自体は、だけれども。

単純に発音の組み合わせだけでも日本語の50音に比べ70音以上存在しているらしく、いくら聞いても全然違いがわからない音がいくつもある。 『トー、トー、トー、トー、ノー』の、この『トー』4つはそれぞれ同じ行に並ぶ違う音なんだけれど、これ以上カタカナで表記するのは不可能だし、僕の耳にもいまいち違いが聞き取れない。

『トー』って発音すると『違う!何度言えばわかるんだよ。トーだって!!』と言われて苦しめられてるんだけど、こうやって文章に書くと何のことやらサッパリわからないよね:*:・( ̄∀ ̄)・:*:

ちなみに日本の煙管(キセル)の語源はクメール語だ。 こっちでは「クシェー」ってな感じの発音になるけれど。 その他にも「見る」が「ムール」、「虎」は「クラー」、「扉」が「トゥビア」、「噛む」なんてのはそのまま「カム」だ。

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カンボジア文化は昭和の香り

今日からは、ちょっと日本ではかなり誤解されているカンボジアの現状や文化を伝えてみたいと思います。もう何度もここで書いてきたけれど、カンボジアが経済的に貧しいということは事実です。ただし、そのせいでカンボジア人が日々涙にくれて生活しているとか、そこらじゅうで強盗や殺人事件が発生しているとか全くそんなことは無い(笑) 実際に日本の各種慈善団体の方々が主張する『可哀相なカンボジア』というイメージも、実際にカンボジアの連中に面と向かって「お前たち可哀相だね」って言うとかなり嫌な顔をされること請け合いだ。

だいたい殆んどの日本人は海外に出かけるときに、飛行機のエコノミークラスやビジネスクラスを利用するが、そこにファーストクラスの奴がやってきて「お前たちこんな狭い席に座って本当に可哀相だな」って言ったとしたら、軽い殺意を覚えるかも知れない・・・ で、哀れんでファーストクラスの食べ物の残りとかを持ってこられたりしたら、間違いなく発狂するはずだ(笑)

もうそろそろいい加減このような時代錯誤のイメージから脱却して、「支援してあげる、助けてあげる」なんていうおこがましくも見下した対応をヤメたほうがいいんじゃないかと思ってるんだけど、やっぱり日本のみなさんにとっては、カンボジアはいつまでも『かわいそうで貧しい国』で無くてはならないのだろうか??

さて、平たく言ってしまうと今から40年〜50年前の日本の文化に非常によく似た文化体系を持っているのがカンボジアだ。 まず何よりも驚くのは、カンボジア人女性は本当にとても良く働く。そのうち女性解放運動家などがデモにでもやってこないかひやひやするくらいだ(笑) 毎朝買い物に行って食料を調達し、薪と鍋でご飯を炊いて、肉は全て自分でさばいて調理する。作り置き無し、電子レンジも炊飯器もガスコンロもそんな便利なもん一切無しだ。365日毎食全て1から手作り。さらに洗濯機が無い家庭が殆どなので洗濯物は全て手洗い手絞り。

これをやりながら育児をして内職をしてというのをこなすのが、極々普通の主婦の日々の暮らしだ。これを子供の頃からずっと母親の手伝いとしてやってきている。出来なければ結婚の対象に入らない。結婚に関しても見合い、もしくは恋愛結婚であっても親の同意無しには成立しない。結婚前に同棲するどころか、一緒に歩いたりというようなデートですらさせてもらえない家が、まだまだ大半だったりもする。だからたまに「駆け落ち」なんていうような、今や日本では死語のような存在になった行為もあったりするらしい。

日本で言うところの結納金を支払って嫁をもらうことになるわけだけれど、初夜に処女ではなかったら倍額にして結納金を返済する、場合によっては結婚解消なんて言うことになる場合もあるっていうんだから中々の筋金入りだ。まぁ、こんな文化もこれからの数十年で、日本と同じように自由恋愛、女性の権利の台頭という形でどんどんと廃れていくことになるんだろうが、果たしてどっちがいいんだろうな~・・・

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