先日このブログに書いた『DUFF』というフリーマガジンに、僕の事を紹介してもらった号がEMSで日本から届いた♪
ツイッターにこの件をつぶやきつつ上の写真を載せたところ、この表紙の人が僕ですか?というとても光栄なご質問を何件かちょうだいしましたが、残念ながら僕はこんなにエキセントリックではありません(笑) 雑誌が見つからないという方はぜひこちらを御覧ください♪
DUFF
http://www.duffworx.com/DUFFMAGAZINE/Jedi_Business.html
さて、本日は終戦記念日。上手く言葉をすり替えて誤魔化しているけど、要は日本が戦争に負けるという決断をようやく下すことが出来た日だ。去年は靖国神社とその中に併設されている戦争記念館に行ってなんとも言えない悲しい気持ちになったと同時に、日本の事や家族の事を案じながら無念のうちに死んでいったであろう大多数の人々が、切に願ってやまなかったことの一端でも自分に担うことが出来るようにという祈りを捧げてきました。
今年は偶然にも、以前から地雷原にぜひ連れて行って欲しいと頼まれていたせいきゅん達が日本から来ていて、カンボジアの地雷撤去の第一人者アキ・ラにその旨を頼んでいたところ、今日地雷原に同行してもらえる事になり、1年を通してもっとも多くの日本人が戦争について考えるこの日、僕達は戦争の爪痕がまだ生々しく残る地雷原を実際に体験することになった。
僕は今回が4度目の地雷原なので、ファーストインプレッションや地雷についての詳しい話は、以前のエントリーやせいきゅんが書くであろう記事に譲ることにしますね。
地雷撤去
http://ameblo.jp/kitaurakengo/theme-10017595146.html
で、今回訪れた現場は日本の団体が支援して建てられた学校の敷地内。
もちろん村からの要請があってここが建築されたのだろうけれど、いわゆる校庭の横の茂みの中などから10発以上の地雷が発見されているのだから、この建築をサポートした団体は一体どんな調査をしてこの依頼をアテンドしたのだろう? 当たり前だがこんな状態で子供たちを通わせることなど出来ないから現在学校は休校したままだ。このような地雷だけが原因ではないんだけれど、せっかく日本の人たち、いや世界の人達が寄贈した学校などが様々な理由で上手く運営されていないことがある。一日も早く地雷を撤去して子供たちの安全を確保し、この学校が活用されるように願いたい。
今日この現場で発見させた地雷は旧ソ連製の対人地雷。踏んだ瞬間に両足は間違いなく吹っ飛んでしまうというシロモノだ。
地雷撤去に際しての国際協定に則り、地雷を発見した際は掘り起こしたりせずにそのまま爆破処理をすることになる。目の前で爆発物なんか見たことも無い一行には、とても得難い体験をするいい機会になっただろう・・・ なんてたって実際に映像で見るのと、すぐ近くで爆発するのとでは全く別世界だ。驚くことに去年僕が行った時よりメンバーが増えて、今や25人がアキ・ラの団体で働いているんだけれど、その中の約半数は女の子だ。いつもカンボジアの女性は子供の頃から本当に逞しいと思っていたけれど、やはりその僕の考え方は間違ってはいないようだ。そして女が強い国が伸びるというのも僕の考え方の一つなのだけれど、果たしてどうだろうか・・・?
最後に一つ。このカンボジアに沢山埋められて多数の死傷者を今もなお生み出している地雷は全て外国製品です。要するに他の国がたっぷりと利益を得ているという事実も、絶対に忘れてはならない側面だ。。。。